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自閉症の鉄ちゃん、全員集GO!他の障害や、ちょっと気持ちが落ちてしまった人も、鉄道が好きなら大丈夫!出発進GO!


by taiyo-hospitality

カテゴリ:ノーマライゼイション( 41 )

コロナの大きな成果?

「社会は健常者に都合がいいように作られているだけ。だから障害者には都合が悪いんだ。」と言った人がいる。東大の熊谷教授だ。

日本の健常者経営者が唱え、健常者サラリーマンが意味も問わず従ってきた「満員の電車で通勤、朝礼、対人会議、稟議ワーク、押印ワーク、出張、お付き合いを行うことの意義」が、コロナによる在宅勤務の実践で化けの皮が剥がれてしまった。

これらをやっていた人たちが社会の健常者サラリーマンだった
やれなければ雇えない。障害者枠でなら…と言ってきた人たちが社会の健常者経営者だった。
それらに当事者抜きで同意してきた人たちが健常者福祉関係者だった。
それらが出来ないことがなんだって言うんだと言ってきた人たちが障害者当事者だった。

今、通勤、朝礼、会議、稟議、押印、お付き合いやらなくても社会は回っている。



コミュニケーションや社会性の不具合のために学校に通えず、多様な学習法(Web授業など)を切望していた発達障害・自閉さん。
それでも健常者先生・教育委員会・文科省は、学校に通うことが出来るようになることだけを目標・価値としてきた。

コロナによる休校措置で、大慌てで全生徒の在宅Web授業に走った。



選択肢を与える。多様性に応える。寛容な対応をする。

そのことで、障害者はもはや障害者ではなくなる。

いや、障害者はとっくにそれをやってきた。コンピューターを汎用化した人も、宇宙の・自然界の法則を見つけた人も、スゴイ絵を描いた人も、あの曲を作った人も…。

学校に行かなかったり、会社に行かなかったり、放浪の旅をしたり、舌を出したり…。

ただそれらの偉業?異業?は、たまたまその人が・・・としてしか話題にされない。
そのような生徒や人がもっといるかもという発想は健常者の中にはなかった。



コロナの成果を活かそう!
障害者はもはや障害者扱いされなくなるように。

by taiyo-hospitality | 2020-05-31 17:35 | ノーマライゼイション

サルサガムテープ

2020年3月13日 中日新聞 夕刊に掲載された、かしわさんのインタビュー記事。<神谷記者は折に触れてサルサガムテープを取材してくれる>

私がサルサガムテープを知ったのは2015年の暮れ。

「ひたすらカッコよさを追い求めて」がコンセプトで、「ロックンロールバンドが仕事」というスタンスを知り、さっそくかしわさんにコンタクトを取った。

2016年の正月早々、かしわさんが運営するNPO法人ハイテンション(生活介護)を見学させてもらった。

スタッフも声掛けが適切。と言うか、不要な声掛けがない。利用者のこと、ペースも特性も、やりたいことも、やりたくないことも、出来ることも、出来ないことも分かっていてそれに合わせている。だから不要な声掛けがない。

利用者も個々のペースで物事を進めていけるので、スタッフが声掛けしなくても、個々でめいめい行動を始め、個々でめいめい終わっている。

13:30からの音楽の時間も、めいめいがめいめいのペースでめいめいの行動(ランチ・歯磨き・トイレ等)の後、13:30にはその場所に集まっている。

音楽の時間、かしわさんはバラバラの特性のメンバーに合わせ、任せながらバラバラにさせないコーディネート役を務めている。

音楽にはトンチンカンの山内は一日中自閉症の人に注目していた。彼らはバリバリ自閉の特性は出ていたが、顔が穏やかであった。

見学後、かしわさんから聞いた言葉は現在も変わず折に触れてかしわさんの口から出てくる。

・ロックをやっているのは余暇でも療法でもないんだ。 ・・・”仕事なんだ。プロなんだ。こちらもその気概でやってるんだ”

・本人による最初の「ドン」があるまで待つ。 ・・・”太鼓面白いよ、楽しいよ、たたいてごらん、は絶対ダメ。本人が自らたたくまで待つ。”

・本人の内なる感性に我々がとやかく言えるはずがない。 ・・・”学校に行けなかった彼(重度自閉)が描く絵は、学校教育に汚染されていない最高に無垢なアート”

好きなこと楽しいことをやり続けるって大変なんだよ。 ・・・好きなことや楽しいことだけやってるヤツはろくな人間にならない、って言われながらロックをやり続けてきたんだけどさ~”


2016年度~2018年度のライブツアーの同行係(のりものがかり)を担当させてもらった。

3年間、ほぼ毎月メンバーと飛行機や新幹線で北海道~九州までツアーを行った。ライブハウスもあれば、福祉施設もあれば、公共の大ホールもあれば、日本武道館も。

自閉症、ダウン症、プラダ、車椅子・・・。偏食、過食、聴覚過敏、感覚過敏・・・。

ロックが好き、ステージに立ちたい、ツアーに行きたい、と言う本人の意思の方が勝る。本人の意思。

「ライブツアーに行きたいなら何々は我慢しましょう」と言わなくても、本人は我慢する。「ライブツアーに行きたいなら何々が出来るようになりましょう」なんていわなくてもライブツアーは行ける。偏食なら北海道でも九州でもいつもの菓子パンをどうぞと言うこちら側のスタンスで。

誰かに合わせる共存ではなく、バラバラのままの共存。

「多様性」は掲げなくても、すでに、今、多様な人々が存在していて多様に生きているじゃないか。多様性を認めるって何?「多様性」を掲げた活動は逆に「自由な多様性」を奪ってしまう危険が。社会が多様性を認めると言う活動に酔ってしまう可能性も。

当事者(個)に任せればいいのだ。当事者(個)に合わせればいいのだ。
♪誰かのルールはいらない♪ 「世界は僕らの手の中」 ザ・ブルーハーツ
その”誰か”になりたがる福祉関係者が多すぎる。制度に従うことに全力を注ぐ御用達の福祉関係者が。

♪幸せになるため 生まれてきたんだ♪ 「ワンダフル世界」 作詞 作曲 かしわ哲




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太陽ホスピタリティーはサルサガムテープの私設応援団です。一緒にライブを観に行きませんか?


by taiyo-hospitality | 2020-03-15 17:13 | ノーマライゼイション

フィールドは街

移動支援(ガイドヘルプ)は公共交通と一般社会資源を利用する。フィールドは街。

自閉さんのR君の移動支援。今回の本人希望はK温泉。理由は理解者がいるから、でしょう。好きな魚図鑑カードを手に持ってずーっと独語。受付やレジでは女性スタッフに魚の質問する。K温泉の受付とY温泉の受付にはお相手をしてくれる女性スタッフがいる。Sストアーのレジではあからさまに嫌な顔をされた。もう行かない。

一ノ関の「ええまちつくり隊」も商店街の店員さんを味方にする作戦。自閉さんのその言動を規制するのではなく。そのままの彼らの味方になってもらう作戦。ハンカチにプリントさせている花の模様を数える行為を受け入れてくれる洋品店。店員さんが一緒に数えてくれる。報道番組でその場面が放映された。

R君とK温泉に行く場合、本数の少ない路線バスのためいつも同じ時間のバスになる。そのバスではいつも聾唖の高齢夫婦と一緒になる。聾唖夫婦の前後に座ることにしている。R君が独語を発しても嫌がれない空間はそこにあるから。

今回、いままで見かけたことがない言動で障害のあるとわかる人が途中のバス停から乗ってきた。正確に言うと彼がバス停に向かって走ってきたのでバス(運転手)が待っていた。運転手が「おい、今日はどこに行くだ!」と声を掛けていた。乗車後も世間話をしていた。

聾唖夫婦もバスの障害者も、路線バスと運転手、温泉施設とスタッフを味方にしている。街をフィールドにしているから出来ること。バスの車内にはヘルプマークの啓発ポスターが。でも、本人たちが一般社会に出ていなければ一般社会の人たちは障害者を知るチャンスはありません。まして理解など、啓発など。

行政が福祉の枠組みで毎年行う「障害者理解」「共生社会」の啓発イベント。1年1回の囲まれた空間でのイベント。そこに、「障害者理解」「共生社会」に関心のない一般社会の人たちは来てくれているだろうか。行政は啓発効果をどのように確かめているのだろうか?

障害者云々に関心のない一般社会の人の前に本人たちが日常的に出ていく移動支援(ガイドヘルプ)の方がどれだけ効果があるだろう。1年365日24時間、一般社会に出没する移動支援。

日常的に街に顔を出していることで顔を知ってもらえた人たちは、緊急時・災害時、街の一般の人に助けてもらえるでしょう。そうでない人は福祉避難所に行くしかないでしょう。福祉避難所は、重度の人のためにあるのだと思うのですが・・・。


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後ろは聾唖夫婦。R君は独語を言い続ける

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言動から障害のある人。運転手さんが分かっていてくれた。「おい、どこに行くだ!」
車内にはヘルプマークの啓発ポスターが。



by taiyo-hospitality | 2019-10-19 18:28 | ノーマライゼイション

これぞ

以下はすべて関連ホームページのコピぺです。



①NHK Eテレ  ウワサの保護者会「校長先生中学校を変える!」

一見普通の公立中学校の東京世田谷区立桜丘中学校。ところが校内を歩くと、メイクOK、スマホOKなど、さまざまなことに驚かされる。型破りな改革を進めてきたのは校長の西郷孝彦さん。校則やチャイム、定期テストなど画一的なルールを廃止、学習障害などの生徒への合理的な配慮や、教室に入りづらい子の学習スペースを設けるなど、多様性を育む学校づくりに力を注ぐ。子どもたちの姿をとおして、西郷さんの教育理念に迫る。


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<発達障害の本人からこの言葉(嫌な思いをせずに過ごせる)が出る環境は最強・最高の合理的配慮。と言うことは、学校における合理的配慮の答えが出たようなもの。←山内の感想>



②「千代田区立麹町中学校長、工藤勇一氏の心に響く言葉より…」

現在、私は千代田区立麹町中学校の校長を務めており、今年で5年目となります。

麹町中は、多くの日本の中学校からみれば、少し「特殊」な学校です。

皇居に近く、学区内には国会議事堂や最高裁判所、首相官邸、衆議院、参議院の議員会館などもあります。

今でこそ、地元の生徒が通う学校ですが、かつては、学区外の全都から越境入学した生徒達が半数以上を占めていて、「番町小→麹町中→日比谷高→東京大学」といった名門校の一つに数えられたこともありました。

卒業生には錚々(そうそう)たる方々がいます。

学校の施設・設備も相当なものです。

見学に来られた方々がため息をつくような素晴らしいホールなどもあります。

たくさんの外部指導員の支援を得る予算も十分にあります。

でも、だからといって、麹町中で取り組んでいることのすべてが、この場所、この施設・設備がなければできないということではありません。

注目されている取り組みの中には、「服装頭髪指導を行わない」「宿題を出さない」「中間・期末テストの全廃」「固定担任制の廃止」などがありますが、初めて聞く方は、おそらくびっくりされると思います。

その他、現在進行中の麹町中学校の取り組みも、学校関係者の中には、「認めたくない」という方がいるかもしれません。

しかし、これらは、昨日や今日、思いついたことではありません。

山形で教員を始め、その後、東京都の教員となり、目黒区、東京都、新宿区の教育委員会で指導主事や管理職として経験してきた中で、ずっと考え続けてきたことです。


「目的と手段を取り違えない」

「上位目標を忘れない」

「自律のための教育を大切にする」

こうしたいくつかの基本的な考え方を大切にして、多くの学校で「当たり前」とされてきたことについて、見直しを続けてきました。

それはある意味、私にとっても、自分自身の教師としての習慣や考え方をそぎ取る作業でもありました。


今、日本の学校で行われている教育活動の多くは、学校が担うべき、「本来の目的」を見失っているように感じます。

加えて、その事実に多くの教育関係者が気付いていないことに驚きます。


多くの学校では日々宿題が出され、生徒たちは定期考査に向けて、学習に励んでいます。

教師は学習指導要領に基づき、一人ひとりの学力を伸ばそうと、手厚い指導を行っています。

教室には「みんな仲良く」などの目標が掲げられ、学級担任の指導の下、「和」を重んじた学級経営が行われています。

日本中どこでも見られる光景ですし、私もかつてはこういうことを目指していました。

しかし、私はこれら当たり前に見えることでさえ、本当に意味があるのだろうかと考えるようになったのです。

学校はなんのためにあるのか…。

学校は子どもたちが、「社会の中でよりよく生きていけるようにする」ためにあると私は考えます.

そのためには、子どもたちには「自ら考え、自ら判断し、自ら決定し、自ら行動する資質」すなわち「自律」する力を身に付けさせていく必要があります。

社会がますます目まぐるしく変化する今だからこそ、私はこの「教育の原点」に立ち返らないといけないと考えています。


今、日本の学校は自立を育むことと、真逆のことをしてしまっているように感じます。

手取り足取り丁寧に教え、壁に当たればすぐに手を差しのべる。

けんかや対立が起きれば、担任が仲裁に入り、仲直りまで仲介する。

そうして手厚く育てられた子どもたちは、自ら考え、判断、決定、行動できず、「自律」できないまま、大人になっていきます。

そして、大人になってからも、何か壁にぶつかると「会社が悪い」「国が悪い」と誰かのせいにしてしまうのです。

将来に夢や希望を持てない子どもが多いという調査結果があります。

理想と現実のギャップに嘆き、自暴自棄になっている若者もいます。

景気が良いと言われていますが、雇用は不安定で、労働生産性は低く、経済的格差も広がっています。

そうした状況を招いていることの一因に、学校教育の根本的な問題があると私は考えています。

学校は、人が「社会の中でよりよく生きていけるようにする」という本来の目的を見失い、そこで行われている教育活動と実社会との間に乖離(かいり)が起きているのです。


なぜ、そのようになってしまうのでしょうか。

一言で表せば、「手段が目的化」してしまっているからだと私は思います。

例えば、国が示す学習指導要領は、大綱的基準にすぎないのですが、多くの教員はこれを「絶対的基準」と考えがちです。

その実、学習指導要領を読み込んでいるわけでもなく、教科書に従って授業をしている教員が大半のように感じます。

つまり、子どもたちに必要な力を付けるための「手段」であるはずの学習指導要領や教科書が、「目的」となり、消化してこなす対象となってしまっているのです。

目的と手段を見直し、学校をリ・デザインする…そんな思いで、私はこの5年間、学校づくりを進めてきました。

一見、画期的と思われる、宿題や定期考査の全廃も、長い教員経験の中で「目的」の本質を見極め、適切な「手段」を考え抜いてきた結果にすぎないと思っています。


「そんなことが可能なのか」と思う方もいるでしょう。

実際、学校教育は多くの法令等で規定され、廃止することができない部分もあります。

しかし、大半の部分は、法令よりも「慣例」によって動いているだけです。

校長が覚悟を持って、自らの学校が置かれた立場で何が必要かを真剣に考え抜くことができれば、いくらでも工夫できるものです。

多くの学校関係者が、そうした視点で日々の教育に当たれば、学校が変わり、ひいては社会も変わっていく可能性があると私は本気で思っています。

『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』時事通信


インターネットをはじめとするデジタル革命によって、様々な業界で大変革が起きている。

そして、今ある多くの仕事や職業がなくなろうとしている。

日本は、平成元年、世界の時価総額ランキング上位50社のうち32社が入っていた。

しかし、30年経った今は、たった1社しか入っていない。

GAFAと呼ばれる、GoogleAppleFacebookAmazonをはじめとする多くの新興企業が台頭してきたからだ。

日本ではこの平成30年の間、世界で活躍する企業が一社も育たなかったということだ。

その大きな原因の一つは、日本の教育にあると言われている。

覚えること、記憶することを主とした教育は、創造性や独創性や自主性を育てなかった。

つまり、「自律」するための教育がおろそかにされてきたのだ。

何かを変えようとすると決まって、旧勢力から反対される。

それを変えていくには、すさまじいエネルギーと覚悟がいる。

そして、多くの人は、その壁の前で撃沈し、昨日と同じ今日を続けることになる。

『学校の「当たり前」をやめた』

自分も社会も組織において…

「当たり前」をやめる覚悟を持てる人でありたい。






by taiyo-hospitality | 2019-10-01 20:45 | ノーマライゼイション

多様性

多様性の推進といっても、多様性の土壌のある国とない国では推進方法、内容は大きく異なる。

サルサガムテープがバンコクでライブを行った。
日本の文化庁の障害者の文化芸術国際交流事業の一環であるが、ライブを行ったバンコクアート芸術センター前には特に「福祉」とか「障害者」のイベントといった案内や、サルサガムテープが障害者を含むロックバンドという案内はなかった。そうであろうとなかろとう、人が集まる。実に多人種。音楽に合わせてノリノリ。一緒に踊ろうの場面では多くの人が躊躇することなく前に出てきて手をつないで・・・。多人種ゆえにバラバラでOK。

ショッピングセンターに入った。エレベーターは上りと下りが対ではない。あっちにもあり、こっちにもあり。バラバラ。

空港は通路の両側に搭乗待合室があるわけではない。

公共交通の優先席には「こども」が対象。こどもは席に座るな!と高齢者が声を荒げにするどこかの国とはまるで違う。

ニューハーフも多く存在するこの都市でさえ「さらなる多様性の推進」を掲げている。

単一民族の弊害でちょっとでも異なることや人を毛嫌いしてきたけどこれからは多様性のある国にしよう!という国もあれば、現在の多様性よりもっと多様化を!という国もある。



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by taiyo-hospitality | 2019-07-31 20:10 | ノーマライゼイション

首相官邸

「ひたすらカッコいいロックがやりたくて」
ロックバンド ”サルサガムテープ” を25年前に創設したリーダーかしわ哲氏のコンセプト。

障害者の人生における、「カッコいい」というコンセプトと、「ロック」というジャンルがようやく国に届いた。

障害者が求めるスタイルも求める職業も、いわゆる健常者と同じ種類と数があっていい。

そもそも障害者と冠を付ける必要の無い世の中になればいい。

そうなると、今後「○○総理と障害者の集い」がなくなっちゃう?それでいい。


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サルサガムテープ 私設応援団 山内達仁














by taiyo-hospitality | 2019-06-01 08:24 | ノーマライゼイション

Happiness in Fuzziness

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ガイドヘルパー(障害者移動支援)として、陶芸教室に付き添った。自閉症(ASD)・注意欠陥多動(ADHD)系の彼は、昨年、初めてこの陶芸教室を試みた。教室と言ってもクラスがある訳ではない。予約して行くだけ。混んでいる場合もあれば、誰もいない時もある。初めて体験した時の製作時間は10分程度。ところがその後、本人の希望で何回か通った。先生も理解者だった。先回りしない、これよかれ(押し付け)が無い、そして男性。男の話が出来る。この環境が良かったのかも。今日は構想~製作、片付けと1時間近く時間を過ごした。彼は鉄ちゃんだったのに・・・でも、本人が自発的に示した興味を大切にしてあげよう。

本物のプロ職人は障害者の異才を見抜く。自閉さんははっきりしたこだわりや感性があるんだから、本人に任せればいい。本物のプロ職人は本人に任せてくれるし、感性をわかってくれる。彼はここでは自分を理解してくれるプロが付き合ってくれていることを感じ取っている。そのことでプライドも感じている。

健常者のようなことが出来ない=幼稚、ではない。幼稚なメニュー三昧の障害者支援はつまらない。興味がない。その態度に素人障害支援者は腹が立つ。さらにその行動を素人支援者が「問題行動」と名付ける。


道中、名も知れない土地で、名前も付いていない満開でもない桜が咲いていた。でも、その姿が何となく良かった。♪僕たちは何となく、幸せになるんだ♪ブルーハーツの「夕暮れ」。真っ昼間だけど、この歌を口ずさんだ。前日は、東京で満開の桜の名所にいたが、今日の幸せ度の方が何となくいい。


「自閉さんは悪意のない人です」「自閉さんはうそをつきません」「彼らに合わせましょう」とは、佐々木正美先生のお言葉。
勝手な私の意訳で「自閉さんは、勝ち負け・比較・権力に価値観を置いていない人」。自然もそうではないだろうか・・・。
♪僕たちは何となく、幸せになるんだ♪


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by taiyo-hospitality | 2019-04-06 20:41 | ノーマライゼイション

外出は爆発だ!

外出・旅行は爆発だ!

本人も最大エネルギーを使います。
保護者も最大エネルギーを使います。
こちら(ガイドヘルパー)も最大エネルギーを使います。
そのエネルギーはすべての人に有益になります。

外出は大変だから、みんなで一緒に送迎車で、親の車で、福祉の冠・無難なところへ、年不相応なところへ・・・。
そのことによる将来のツケへの対応の方がもっともっとエネルギーが必要になります。そして、そのエネルギーは誰の益にもなりません。

本人の発意をキャッチすることは非常にエネルギーが必要です。
一日中の外出には肉体的にも精神的にもエネルギーが必要です。
ましてや宿泊を伴った旅行は、莫大なエネルギーが必要です。

ところで福祉制度である障害者移動支援(ガイドヘルプ)には、「時間制限があります。宿泊旅行には適用しません。」という条件が付いています。と言うことは、いわゆる成人健常者が行っている外出・旅行のスタイルを、福祉制度では考えるつもりはございません、と言うことでしょうか?いや、「福祉」を冠を付けたお上の制度の関する考えは、エネルギーを使わないで済む活動に限定しないとやり手(事業所・ヘルパー)がいない、とコンクリートの建物の中ではそうしているのでしょうか?

制度って誰のためのもの?

今日も支援学校に障害者事業所(放課後児童デイ・グループホーム等)のお迎えの車が列を成しています。人目に触れることなく学校から施設へ護送です。
この週末も年齢・性別・障害種別バラバラの障害者がみんな一緒に障害者事業所の車ワンボックスカーでお金のかからない公園に来ていました。
これは国が認める方法(制度)です。集団・送迎の先にあるものは・・・。一般社会資源(路線バス等の公共交通機関)の利用法さえ身につかない成人障害者の増加。路線バス廃止。そして、高齢保護者に依る送迎。

何よりも、護送による本人発意の喪失。

いや、本人は声を上げている。行きたい時に行きたい所に行きたい人と行きたい!
でも、本人の発意を読み取る能力の無い者がその制度を作り、本人の発意を読み取る能力の無い者がその制度のもと事業を行い、その事業所に(税金からの)お金を支払っているから、「本人は満足している。お上の制度をありがたく思っている。」ことにされてしまっている。




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by taiyo-hospitality | 2019-03-29 08:53 | ノーマライゼイション

共生社会じゃん 

20:32 フェースブック アップ
●●●さんが行方不明です。本日2/16(土) 17:00頃、藤枝市の自宅より外出した模様です。赤いウインドブレーカとジーパン、水色のバックバックです。会話は発音不明瞭ですが可能です。
ご協力お願いします。


22:33 フェースブック アップ
移動支援終了後、16:50にヘルパーが自宅マンションのエントランスドアを開けマンション内に入ったことを確認。19:16に「居ない。玄関を開けた形跡がない」とマンションに戻った父親から連絡が入った。いつも移動支援で一緒に行く、カラオケ、ファミレス、スポーツ施設、店はトイレも含めて確認済みです。


23:07 フェースブック アップ
今、見つかりました。熱海にいました。熱海署から連絡がありました。ご協力ありがとうございました。



皆さま、ご心配をお掛けしました。気に掛けて頂きましてありがとうございました。ハンディーキャップを持つ人の行動や感性は健常者といわれる人と異なります。違う(正誤・優越)ではなく「異なる」です。ハラハラドキドキです。心配もあります。しかし、駅に行き、電車に乗り、腹が減ってレストランに入る。土曜日にどこかに行きたくなる。しかも熱海!何も間違っちゃいない。しかもやれている。ただし、やり方としてコミュニケーション(無断だった)と経済活動のルール(無銭飲食だった)から異なってしまっている。しかし彼が誰かを傷つけた訳でもない、彼が誰かに傷つけられた訳でもない。そして全員生きている。多くの人が心配してくれて、気に掛けてくれて、シェアしてくれた事実を作ってくれた。これが共生社会かも。「異なる」を傷つけないことが共生。強制して健常者(多数者)ルールに従わせるのではなく。「強制」の場合、必ず誰かが傷つきます。現在の障害者福祉・高齢者福祉はなんとなく共生の名の下「強制」が強まっている気がする。今回の件で動いてくれた皆様、電車で隣に座っていたお客さん、彼を傷つけることなく見守っていてくれて、ありがとうございました。障害者移動支援という福祉事業を行って彼らの外出を促進している立場として感謝いたします。もっともっと自発的行動の促進、啓発していきたいと思います。イメージしてください、山下清を、ブルーハーツの「青空」、「まち」、そして「少年の詩」を・・・。


by taiyo-hospitality | 2019-02-17 09:21 | ノーマライゼイション
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ここ数年、6月はNPO法人日本バリアフリー旅行推進機構のシンポジウム、8月は自閉症カンファレンスNIPPON、9月は日本特殊教育学会のそれぞれの会場でポスター発表・セッションを行っています。

旅行・観光業界においては、知的障害や自閉症圏の人たちは対象ではあらず。自閉症支援においては、旅行は対象にならず。学校教育においては、旅行を人生のお楽しみにつなげる発想はあらず。

観光庁ではユニバーサルツーリズムを下記のように定義しています。<国交省HPより>
「ユニバーサルツーリズムとは、すべての人が楽しめるよう創られた旅行であり、高齢や障がい等の有無にかかわらず、誰もが気兼ねなく参加できる旅行を目指しています」

観光庁は、厚労省と文科省と連携しなければユニバーサルツーリズムは成しえません。大手旅行会社には、障害福祉や高齢者介護のノウハウはないのですから。経済最優先の政府の号令のもとでは、大手旅行会社が「ユニバーサルツーリズは儲からない」言ってそっぽを向いていてもおとがめなし。手っ取り早く儲かる「爆買対応」は早かったですが、引くのも早かった。経済最優先政策の結末はいつもこんな感じ。どうぞご自由にですが、それを実行するにあたって「弱者が虐げられない社会」になっていることが前提でしょ。なのにただでさえ狭い通路に販売ワゴンをせり出して、買え!金!買え!金!。車イスは通れません。自閉さんは雰囲気を嫌いパニックです。経済とは効用を加味しない、とはよく言ったものです。



by taiyo-hospitality | 2017-12-18 15:48 | ノーマライゼイション